当時のおはぎゃー指数
大おはぎゃー
|サンバイオショック(個別株編) 2019年1月29日
2019年1月、東証マザーズの時価総額トップに君臨していた一社の再生医療ベンチャーが、たった数日で株価の8割を失いました。きっかけは、ある朝に飛び込んだ一本の「治験失敗」のニュース。売りたくても値がつかず、逃げることすらできない——これが個別株事件簿の第1号、サンバイオショックです。あなたがもしこの株を持っていたら、と想像しながら読んでみてください。
第1章 前夜 ── 夢を買っていた1万2,730円
サンバイオ(証券コード4592・東証マザーズ)は、脳梗塞や脳外傷で傷ついた神経を、他人由来の細胞「SB623」で修復するという再生医療のベンチャーでした。まだ売上らしい売上のない開発段階の会社ですが、「治せなかった脳の後遺症を治す」という壮大な夢に、個人投資家の資金が殺到していました。
2019年1月21日、株価は上場来高値1万2,730円をつけます。時価総額は3,000億円を超え、マザーズ市場では堂々の首位。PER・PBRといった通常のモノサシは意味をなさず、あるのは「フェーズ2bの結果が出れば、次は承認、そして世界へ」という期待だけでした。信用取引でレバレッジをかけて買い向かう個人も多く、掲示板は連日の強気で埋め尽くされていました。
このとき、株価は「業績」ではなく「臨床試験の結果への賭け」で動いていました。裏を返せば、その結果がひとたび外れれば、支えるものが何もないということ。誰もそれを直視していませんでした。
第2章 その朝 ── 「主要評価項目、達成できず」
運命が変わったのは2019年1月29日。この日の大引け後、サンバイオと開発パートナーの大日本住友製薬(当時)が、米国で進めていた慢性期脳梗塞を対象としたSB623のフェーズ2b臨床試験について、こう発表しました。
——「主要評価項目を達成できなかった」。
フェーズ2b(治験の中期段階。有効性を統計的に確かめる重要な関門)で、投与群とコントロール群のあいだに有意差を示せなかった、という内容です。この一報が、期待だけで積み上がっていた株価の土台を、根こそぎ抜き去りました。
- 1/29(火・引け後):治験失敗を発表。この日の終値は1万1,710円と、まだ高値圏。翌日の寄りを見るまで、投資家は板の前で凍りつきます。
- 1/30(水):寄りからストップ安売り気配。買い手が消え、値がつかないまま8,710円で強制的に一日が終わります。前日比マイナス3,000円。
- 1/31(木):連日ストップ安。7,210円。売り物は板に山積みのまま、まったく約定しません。
- 2/1(金):3日目のストップ安、5,710円。週をまたいでも売り圧力は消えません。
- 2/4(月):4日連続ストップ安、3,710円。高値からわずか数営業日で、株価は3分の1以下になりました。
- 2/5(火):ここでようやく売り気配が解け、2,440円で寄り付きます。出来高は前日までの10倍以上、この日だけで約5,300万株が商い成立。5営業日ぶりに「売れる」相場が戻ってきました。
高値1万2,730円から、2月5日の寄り値2,440円まで約81%(およそ5分の1)。その後もジリ安が続き、2019年を通して株価は2,400円前後で這うことになります。値幅制限のおかげで一日の下落率は数字上は「−26%」などに抑えられていましたが、実態は4日間ぶっ通しで逃げられなかった——それがこの事件の恐ろしさです。
第3章 何が起きていたのか ── 「売れない」という地獄
暴落そのものより読者に知ってほしいのが、「ストップ安で値がつかない」という現象です。株価が下がっただけなら、損切りして逃げられます。しかしストップ安の板では、買い手が一斉に消え、売り注文だけが延々と積み上がる。売りと買いが釣り合わないので値段そのものが成立しない。つまり——売りたくても、売れないのです。
サンバイオを持っていた人は、パソコンやスマホの画面に「売り気配」の赤い表示を映しながら、自分の資産が毎日削られていくのをただ見ているしかありませんでした。成行で売り注文を出しても、順番待ちの行列に並ぶだけ。前の売り注文が消化されない限り、あなたの番は永遠に来ません。
そしてこの悪夢は、サンバイオ一社では終わりませんでした。マザーズ市場は、この一社の値動きに引きずられて指数全体が急落。1月30日のマザーズ指数は一時8%程度下落し、他のバイオ株や新興株にも「需給のドミノ倒し」が波及しました。信用の追証(証拠金の不足)を埋めるために、投資家はサンバイオ以外の持ち株まで売らざるを得なくなった——値がつかないサンバイオの穴を、周りの銘柄を投げて埋めにいったのです。一社の治験失敗が、市場全体を巻き込む「連鎖おはぎゃー」に育ちました。
第4章 それから ── 夢の残り火
底を打ったあとも、サンバイオの株価が高値圏に戻ることはありませんでした。この治験失敗のあと、会社は「追加解析では有意差が示された」として開発の継続を表明し、日本での再申請へと舵を切ります。夢そのものが完全に消えたわけではありませんでした。
しかし相場は正直です。2019年12月には、大日本住友製薬との共同開発・ライセンス契約の解消が伝わり、株価は再びストップ安。「治せる夢」への期待は、実現までの長い時間と資金負担という現実の重さに、何度も試されることになります。かつて時価総額3,000億円超・マザーズ首位だった会社は、そのポジションを完全に明け渡しました。期待だけで買われた株は、失望が確定した瞬間、支えを失って落ちていく——サンバイオショックは、その教科書のような事例になったのです。
第5章 この事件から学べること
個別株の「大おはぎゃー」から、私たちが持ち帰れる教訓を3つに絞ってお土産にしましょう。
- 「業績のない期待株」は、材料一本で天国と地獄が入れ替わる。 バイオ・創薬ベンチャーの治験結果、ゲーム会社の新作、赤字企業の一発逆転——「これが当たれば」という夢を買う投資は、当たれば数倍、外れれば数分の一。これはもう投資というよりギャンブルの性質を帯びます。夢を買うなら、失っても平気な金額で。
- ストップ安では「逃げる」ことすらできない。 「下がったら損切りすればいい」という前提は、値がつかないストップ安では通用しません。約定しないまま、資産が毎日削られていく。逃げ道があるうちに撤退できるポジションサイズにしておくことが、唯一の防御です。
- 信用取引・集中投資は「連鎖」を呼ぶ。 レバレッジをかけ、一銘柄に資金を集中させていると、悪材料が出たときに追証が発生し、無関係な持ち株まで投げる羽目になります。サンバイオの穴を埋めるために市場全体が売られたように、「一点集中+信用」は自分の首を絞めるパイプになり得ます。
もし今、あなたが夢を託せる期待株を見つけたとしても——その夢が外れた朝に、あなたは冷静に対処できるでしょうか。買う前に「最悪の朝」を一度だけ想像しておく。それだけで、あなたの相場人生はずいぶん長持ちします。七転び八起き、まずは八回転ぶ前提で、身の丈に合った枚数から。
株運長久ダルマより
「夢を買うのは悪いことじゃない。じゃが、夢が外れた朝に売れずに固まる——あれだけはワシも見ておれん。値がつかん朝は、誰も助けてくれん。だからこそ、逃げ道のある枚数で夢を見るんじゃ。転んでも起き上がれる大きさで賭ければ、次の夢もまた見られる。願掛けの片目は、まだとっておこうかの。」
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