【おはぎゃー事件簿 File.5】コロナショック — 世界経済が止まった春、CBが4回鳴った

コロナショック 日経平均チャート 2020-2021


当時のおはぎゃー指数

おはぎゃー度 100% 大おはぎゃー
|コロナショック 2020年3月13日

マスク。在宅勤務。そして、なぜか空っぽになったトイレットペーパーの棚。ここまでの事件簿で扱ってきた1987年や2006年の暴落と違って、今回は多くの読者が実際にその空気を吸った、いちばん記憶に新しい歴史的暴落です。

あの2020年の春、株式市場では何が起きていたのか。世界経済が文字どおり「止まった」あの数週間を、数字で振り返ります。落ち着いて読める今だからこそ、あの恐怖の正体を見ておきましょう。

第1章 前夜 — 対岸の火事だった武漢のニュース

2020年2月前半、日経平均は23,800〜23,900円台の高値圏にいました。2月6日の終値は23,873円、12日には一時23,861円をつけています。景気はまずまず、企業業績も悪くない。相場は静かに高値圏でうろついていました。

このころ、ニュースの片隅では「中国・武漢で新型の肺炎が広がっている」と報じられていました。しかし多くの投資家にとって、それはまだ「対岸の火事」でした。SARSのときも一時的に下げただけで戻った——そんな記憶が、警戒心を鈍らせていたのかもしれません。

誰も、この数週間後に「世界中の国が経済を自分の手で止める」という前代未聞の事態が来るとは、想像していませんでした。

第2章 その朝から — 号砲、そしてCBが4回鳴った

号砲が鳴ったのは2月24日。この日、NYダウは−1,031.61ドルと急落しました。感染が中国国外へ——イタリアや韓国へ——広がり始めたことで、市場はようやく事態の深刻さに気づきます。翌2月25日の東京市場も一時1,000円を超える下げ。ここから、坂道を転がるような暴落が始まりました。

そして3月、暴落はクライマックスを迎えます。ここで主役になるのがサーキットブレーカー(CB)——株価が急落したとき、取引そのものを強制的に一時停止する「非常ブレーキ」です。普段はまず発動しないこの仕組みが、わずか10日間で4回も鳴りました。

2020年3月、米サーキットブレーカーが3/9・3/12・3/16・3/18の4回発動したタイムライン図

3月9日。NYダウは−2,013.76ドル(−7.8%)。同じ日、サウジアラビアとロシアの減産交渉が決裂し、原油価格が暴落する「原油ショック」まで併発しました。感染拡大と原油安のダブルパンチで、現行制度下では史上初となる米サーキットブレーカーが発動します。

3月12日。NYダウ−2,352.60ドル(−10.0%)。WHOがパンデミックを宣言した直後の投げ売りで、CBはこの日も発動しました。

3月16日。NYダウ−2,997.10ドル(−12.9%)下げ幅は史上最大、下落率は1987年のブラックマンデーに次ぐ史上2位という凄まじさでした。投資家の恐怖心を測るVIX(恐怖指数)は、この日終値82.69という史上最高値を記録します。同じ日、日本銀行はETFの買い入れ枠を年6兆円から12兆円へ倍増すると発表し、火消しに動きました。

そして3月18日、CBは4回目の発動。信用収縮が加速し、株も債券も金も——ありとあらゆる資産が同時に投げ売られる異常事態でした。

日本側も無傷ではいられません。3月13日の日経平均は終値17,431円(−1,128円58銭)。この週(3月9日〜13日)の下落幅3,318円70銭は、当時としては過去最大でした。日中の値動きは、今の落ち着いた水準からは想像もつかないほど乱高下した一日でした。

そして底を打ったのが3月19日。日経平均は終値16,552.83円——約3年4か月ぶりの安値まで沈みました。2月12日の高値から、わずか25営業日で−31%。1か月ちょっとで、日経平均の3割が消えた計算です。

この記事の冒頭バッジは、当時の指標で計算した「おはぎゃー指数」です。判明している指標だけでおはぎゃー度100%・振り切れの黒青「大おはぎゃー」。ちなみに、実際のVIXはこのバッジの計算に使った水準どころか82.69まで振り切れました。指数のメーターが振り切れて、さらにその先まで行ったのがコロナショックだったのです。

第3章 何が起きていたのか — リーマンとの決定的な違い

2008年のリーマンショックは、金融システムそのものが病気になった暴落でした。銀行が焦げ付き、信用が凍りついて、実体経済に火が回った。いわば「経済の内側」から壊れていったのです。

ところがコロナショックは違います。金融が壊れたのではなく、感染拡大を止めるために、各国政府が自ら経済を意図的に止めた。飲食も、旅行も、イベントも、工場も——人が動くこと自体をブレーキで止めた、前例のない事態でした。原因が「経済の外側」にあったという点で、過去のどの暴落とも性質が違ったのです。

この集団心理を、いちばん分かりやすく映していたのがあのトイレットペーパー騒動でした。「原料が輸入できなくなる」というのはデマで、それを信じた人はごく少数だったといいます。ではなぜ棚が空になったのか。「他人が買い占めるなら、自分も買っておかないと困る」——そう考えた人が殺到したからです。

これは、まさにパニック売りとまったく同じ構造です。「株が下がるなら、他人より先に売らないと損をする」。一人ひとりは合理的に動いているのに、全員が同じ方向に走ると、市場全体としては非合理な暴落が生まれる。合理的な個人が集まって、非合理な結果を生む——暴落の正体は、いつもここにあります。

第4章 それから — 世界が一斉に「反撃」した

底が深ければ深いほど、そこで各国は総力戦の金融緩和に踏み切りました。日銀のETF買い入れ倍増(年12兆円)に続き、米FRBは3月15日に緊急ゼロ金利、そして3月23日には「無制限の量的緩和(QE)」を打ち出します。「必要なだけいくらでも買う」という、なりふり構わぬ宣言でした。

日経平均株価 2020年1月から2021年3月の推移。2月の高値から3月19日の底16,552円まで急落し、そこから約11か月でV字回復して2021年2月に30,084円まで戻したチャート

ここから相場は、教科書のようなV字回復を描きます。3月19日の底16,552円から、11月17日には26,000円台(約29年ぶりの水準)を回復。さらに翌2021年2月15日には30,084.15円をつけ、30年半ぶりに3万円台を回復しました。底からわずか約11か月のV字。世界経済が止まる級の事件だったのに、株価はあっという間に元へ戻り、そして高値を更新したのです。

おまけの珍事もありました。2020年4月20日、原油需要が消え去った結果、WTI原油先物が終値−37.63ドルという史上初のマイナス価格を記録します。「石油を引き取ってもらうのにお金を払う」という、常識では考えられない光景でした。それだけ、あの春は「あらゆる常識が壊れた」季節だったのです。

第5章 この事件から学べること

底で投げた人は、史上最速のV字をまるごと逃した。
3月19日の底で「もう終わりだ」と投げ売った人は、そのわずか8か月後の26,000円回復も、11か月後の3万円回復も、丸ごと取り逃しました。恐怖が最大になる瞬間が、たいてい相場の底です。

サーキットブレーカーは「止める」装置であって、「防ぐ」装置ではない。
CBが4回鳴っても、暴落そのものは止まりませんでした。CBはパニックを一瞬クールダウンさせるための時間稼ぎであって、下落を防ぐ魔法ではないのです。2006年のライブドアショックでは東証のシステムが処理能力を超えて全面売買停止に追い込まれましたが(File.4 ライブドアショックで詳報)、あれは「防ぐ」ためではなく物理的に「止まった」ケース。市場を止める仕組みは、あくまで応急処置だと知っておきましょう。

経済が止まる級の事件でも、市場は8か月で戻った。
これがいちばん大事な教訓です。世界中が経済を止めた歴史的な危機ですら、市場は1年かからずに回復しました。暴落のたびに退場していたら、この回復を受け取ることはできません。退場しないこと——それ自体に、計り知れない価値があるのです。

★1 絶望ダルマ

株運長久ダルマより

「あの春、棚から消えたのは紙だけではなかったのう。多くの人の冷静さも一緒に消えた。じゃがな、市場は11か月で起き上がった。転んでも、また立てばよいのじゃ」

おはぎゃー事件簿・これまでのファイル

▼ 為替発の世界同時株安の記録もどうぞ。チャイナショック(File.9)では、人民元切り下げと円高が日本株を直撃した2015年の夏を解説しています。

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