【おはぎゃー事件簿 File.6】テラショック — コロナ治療薬の夢が消えた日

テラ(2191)の2020年〜2022年の株価の軌跡。100円前後から2020年6月9日の高値2,175円まで約20倍に急騰し、その後FRIDAY報道・増資破談・強制調査を経て2022年8月の破産・上場廃止まで下落し続けた報道・記録に基づく概算チャート


当時のおはぎゃー指数

大おはぎゃー
|テラショック(個別株編) 2022年8月23日

2020年春、新型コロナウイルスが世界を止めました。3月には日経平均が連日のように急落し、市場全体が「暗い底」でうずくまっていた——その様子はコロナショック(File.5)で描いたとおりです。ところが、その暗い底の裏側で、まったく逆の熱狂が生まれていました。たった一つの言葉に個人投資家の資金が殺到し、株価をわずか1カ月半で約20倍に押し上げた銘柄があったのです。その言葉とは——「コロナ治療薬」。夢を買った人々を待っていた結末を、これから追いかけます。あなたがもしこの株を持っていたら、と想像しながら読んでみてください。

第1章 前夜 ── 100円前後の低位株だった「東大発ベンチャー」

テラ(証券コード2191)は、2004年に設立された東京大学医科学研究所発のバイオベンチャーです。細胞医療の研究開発を手がけ、2009年にJASDAQへ上場しました。ただ、いわゆる「夢はあるが利益は乏しい」開発型の企業で、新型コロナ騒動が始まる前の株価は、長らく100円前後の低位株にとどまっていました。市場で大きく注目される存在ではなかったのです。

その静かな低位株を一変させたのが、2020年のコロナ禍でした。ワクチンも治療薬もまだ存在しない未知のウイルスに、世界中がおびえていた時期です。こんなとき、株式市場には強烈な磁力を持つテーマが生まれます。「コロナを治せるかもしれない」——この一言が持つ引力は、平時の何倍にもなります。治療法を探しているのは投資家だけではなく、世界中の人々だったからです。テラは、その巨大なテーマの入口に立っていました。

第2章 その急騰 ── 6営業日連続ストップ高、買いたくても買えない

号砲が鳴ったのは2020年4月27日。テラと提携先のセネジェニックス・ジャパンが、新型コロナに対する間葉系幹細胞(かんようけいかんさいぼう)を用いた治療の共同研究契約を結んだと発表します。間葉系幹細胞とは、体のさまざまな組織になれる細胞のこと。重症化した患者の過剰な免疫反応を抑える狙いだと説明されました。発表前は100円前後だった株価に、この日から買いが殺到します。

さらに5月14日以降には、メキシコで臨床研究を始めるという発表も加わりました。材料が材料を呼び、株価はまさに垂直に立ち上がります。5月には6営業日連続でストップ高。しかもそのうち4日は「1本値(いっぽんね)」——買い注文が殺到しすぎて売り物がなく、一日を通してストップ高の値段でしか取引が成立しない状態でした。

ここが個別株事件簿として、まず立ち止まってほしいポイントです。ストップ高の連続は、一見すると株主にとって最高の展開に見えて、じつは「買いたくても買えない」状態でもあるのです。まだ持っていない人は、いくら成行で買い注文を出しても、売り物がないので約定しません。板の前で「買えない、買えない」と焦っているうちに、株価はさらに上へ逃げていく。この「乗り遅れる恐怖」が、翌日さらに買いを呼び込む燃料になります。こうして株価は雪だるま式に膨らみ、2020年6月9日、年初来高値2,175円をつけました。100円前後からの、約20倍。ネット掲示板やSNSは、群がる個人投資家=「イナゴ」の歓声で埋め尽くされていました。

テラ(2191)の2020年〜2022年の株価の軌跡。100円前後から2020年6月9日の高値2,175円まで約20倍に急騰し、その後FRIDAY報道・増資破談・強制調査を経て2022年8月の破産・上場廃止まで下落し続けた報道・記録に基づく概算チャート
テラ(2191)株価の軌跡。100円前後から約20倍の高値へ駆け上がり、その後は二度と戻らずに紙くず同然へ。株価は報道・記録に基づく概算で、正確な日次データではない(上場廃止銘柄のため取得できない)。

第3章 何が起きていたのか ── 「発表」はあっても「実態」がなかった

約20倍まで駆け上がった株価を、たった一本の記事が崩し始めます。2020年6月、写真週刊誌「FRIDAY」が、テラが臨床研究を行うとしていた現地メキシコの病院を取材しました。そこで報じられた内容は、期待に沸いていた投資家を凍りつかせるものでした。伝えられたところによれば——「その医師は存在しない」「治験の話も聞いていない」、そして臨床試験の公的な登録データベース(ClinicalTrials.gov)にも該当する登録が見当たらない、というのです。株価はこの報道を機に半値近くまで急落しました。

ここで、過去の事件簿を思い出してください。ライブドアショック(File.4)は、決算の中身が「見せかけ」だったことが崩落の引き金でした。サンバイオショック(File.2)は、治験結果という「実態」がはっきり失敗と出た瞬間の暴落でした。テラのケースはそのどちらとも少し違い、そもそも株価を支える「実態」の裏づけが乏しいまま、「発表」だけで20倍まで買われていた——という危うさが、報道によって白日の下にさらされた形です。材料が「発表」の段階から一歩も進んでいなかったとき、株価は驚くほどもろく崩れます。

夢株が崩れる3段階の図解。①コロナ×幹細胞治療という物語と連続ストップ高で約20倍に浮く、②週刊誌の現地取材報道で期待という燃料が抜けて半値へ、③増資の払込原資への虚偽の疑いや開示問題で土台が崩れ破産・上場廃止に至る流れ。第3段階で立件されたのは提携先の元取締役らであり、テラ本体の経営陣ではない
「夢株」が崩れる3段階。期待という燃料で浮いた風船は、事実が燃料を抜くと支えを失う。第③段階で立件されたのは提携先の元取締役らであり、テラ本体の経営陣ではない点に注意。

崩落は、ここから連鎖していきます。時系列で整理すると、こうです。

  • 2020年10月:テラは提携先セネジェニックス・ジャパンへの第三者割当増資(約35億円)を発表します。ところが同年12月、実際の入金は100万円のみで事実上の破談に。テラはメキシコの子会社を譲渡し、コロナ関連の事業から撤退していきました。夢の中心にあった話が、資金の裏づけごと消えてしまったのです。
  • 2021年3月:金融商品取引法違反の疑いで関係先が強制調査を受けます。テラ自身も「関係先として強制調査を受けた」と発表し、株価は一時30%安まで売られました。
  • 2021年9月:テラは第三者委員会の調査を踏まえ、「2020年4月以降のおよそ1年間に出した開示のうち、約4割が事実と異なるおそれがある」と、自ら公表します。会社が自分の過去の発表を、これだけ大規模に「怪しい」と認めるのは異例のことでした。

そして2022年2月、事件は刑事事件へと発展します。ここは、この記事でいちばん正確に読み分けてほしいところです。

逮捕・起訴されたのは、提携先セネジェニックス・ジャパンの元取締役らでした。容疑は金融商品取引法違反(偽計)。報じられた手口は、増資の払込みに用いるとされた口座の通帳の残高を、約50万円から約75億円に見えるよう偽装したという、大胆な見せかけでした。また、これとは別に、テラ株のインサイダー取引をしたとして、テラとは無関係の建設会社の社長らも逮捕されています。

重要なのは、これらで刑事責任を問われたのが「提携先の元取締役ら」と「インサイダー取引をした社外の人物ら」だという点です。テラ本体の経営陣が、この一連の事件で刑事責任を問われたという記録は確認されていません。「バイオ株が急騰して暴落し、逮捕者も出た」と聞くと、つい「その会社の社長が捕まったのだろう」と早合点しがちですが、事実はそうではないのです。夢株の崩壊と、刑事事件の当事者が誰なのかは、丁寧に切り分けて理解する必要があります。

第4章 それから ── 破産、そして上場廃止

開示問題も刑事事件も表面化し、株価はもはや高値圏に戻る力を失っていました。そして2022年8月5日、テラは東京地方裁判所に破産手続開始を申し立て、同日に開始が決定します。負債総額は1億8,765万円とされました。この破産手続開始の決定を直接の理由として、テラ株は2022年8月23日に上場廃止となります。よく「債務超過や監査意見の問題で廃止になった」と語られがちですが、直接の引き金はあくまで破産手続開始の決定でした。

約20倍まで駆け上がった株価は、最後には文字どおり紙くず同然になりました(上場廃止直前の株価は2円だったとされます)。100円前後の低位株が、コロナ治療薬という壮大な夢に乗って一時2,175円まで輝き、そして市場から静かに姿を消す——テラショックは、「夢株」の一生をこれ以上ないほど凝縮した事件でした。個別株の下落率で見れば、当サイトの指数でいうおはぎゃー度100%相当、いちばん青ざめた黒青ダルマ「大おはぎゃー」の領域です。

第5章 この事件から学べること

夢株の壮大な打ち上げと墜落から、私たちが持ち帰れる教訓を3つに絞って、お土産にしましょう。

  1. ストップ高の連続は、ストップ安と同じくらい「逃げられない」。 ストップ安で売れない地獄はサンバイオショック(File.2)で描きましたが、じつはストップ高の連続にも同じ罠があります。まだ持っていない人は買いたくても買えず、株価だけが上に逃げていく。そこで「乗り遅れたくない」と高値をつかみに行くと、天井で全力買い——という最悪のパターンにはまります。急騰の熱狂のなかで飛び乗った人ほど、その後の下落で深く傷つくのです。買えないほど過熱している相場は、そもそも近づかないくらいでちょうどいい。
  2. 「発表」と「実態」は、まったくの別物。 テラの株価を20倍にしたのは、あくまで「提携を発表した」「臨床研究を始めると発表した」という発表でした。しかしFRIDAYの現地取材で問われたのは、その発表を裏づける実態があるのか、という一点です。プレスリリースが出た=事業が成功した、ではありません。とくに利益の乏しい開発型企業では、「発表」がどこまで「実態」に裏づけられているのかを、一段深く疑う目が身を守ります。
  3. テーマ株の熱狂と、SNSの「イナゴ」構造に飲まれない。 「コロナ治療薬」のように、その時々で最も強いテーマには、莫大な資金と群衆心理が一気に集まります。SNSや掲示板では強気の声だけが増幅され、慎重な意見はかき消されがち。みんなが熱狂しているという事実そのものが、あなたを高値づかみへ誘う仕掛けになり得ます。テーマ株に乗るなら、失っても平気な金額で、そして「降りる条件」を買う前に決めておくこと。夢を見るのは自由ですが、夢が覚めた朝に立っていられる枚数で。

もし今、あなたの目の前に「これが本当なら世界が変わる」というテーマ株が現れたら——その発表の裏に、どれだけの実態があるでしょうか。買う前に「最悪の朝」を一度だけ想像しておく。それだけで、あなたの相場人生はずいぶん長持ちします。七転び八起き、まずは八回転ぶ前提で、身の丈に合った枚数から。

★1 絶望ダルマ

株運長久ダルマより

「夢を見るのは、悪いことじゃない。ワシとて、みなが「これでコロナが治るかもしれん」と胸を躍らせた気持ちは分かる。じゃがのう、「発表」と「実(じつ)」は違う。買いたくても買えぬほど過熱した相場は、いつか必ず逆さまになる。飛び乗るなら、覚めた朝に立っていられる枚数でな。転んでも起き上がれる大きさなら、次の夢もまた見られる。願掛けの片目は、まだとっておこうかの。」

▼ 事件簿シリーズの他の記事もどうぞ。同じ「夢株」の暴落を治験失敗で描いたサンバイオショック(File.2)、時代の寵児が市場ごと止めたライブドアショック(File.4)、この暗い底の裏でテラのバブルが生まれたコロナショック(File.5)、市場全体が崩れた令和のブラックマンデー(File.1)、すべての原点ブラックマンデー1987(File.3)と読み比べると、暴落の「型」の違いが見えてきます。次回もお楽しみに。